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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1553号 判決 1954年11月19日

控訴人 被告人 大城半吾 外一名

弁護人 柴田健太郎 外二名

検察官 宮井親造

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の均分負担とする。

理由

被告人大城半吾の弁護人柴田健太郎、並びに被告人朝来野武雄の弁護人高良一男同荒木新一の各控訴趣意は、何れも記録に編綴されている同弁護人等提出の各控訴趣意書(但し弁護人高良一男同荒木新一の分は連名)の通りであるから、これを引用する。

被告人大城半吾の弁護人柴田健太郎の控訴趣意一の論旨について。

何れも原判決が証拠として挙示する被告人大城半吾及び原審共同被告人窪山直吉の原審第一回及び第十四回各公判廷における判示日時場所において判示金員を授受したことは相違ない旨の供述並びに刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号により証拠能力を有するものと認められる右窪山直吉の検察官に対する昭和二十七年二月二十二日附供述調書(記録六二二丁以下)中判示に照応する供述記載、同法第三百二十二条第一項により証拠能力を有するものと認められる被告人大城半吾の司法巡査に対する同年二月十五日附第三回供述調書(同六四六丁以下)中自白の供述記載を綜合すれば、被告人大城半吾に関する原判示第三(尚同第一の四及び第一の二の(一)参照)の収賄の犯罪事実を認定するのに十分である。而して、同被告人が予ねてその職務を遂行するに際り極めて厳格で融通性がなかつたことその他所論の様な事情があつたとしても、必ずしも本件金員授受の趣旨が原判示の通りであつたことを認定する妨げとなるわけではなく、又同被告人及び原審共同被告人窪山直吉の前掲各供述調書の中に原裁判所の措信しなかつた供述記載部分が存することは所論の通りであるけれども、右供述記載部分は本件とは一応別個の他の事実に関するものであり、それが措信されないからと言つて直ちに所論の様に本件に関する供述記載部分をも措信できないものと断ずるわけにはいかないから、原判決が右本件に関する供述記載部分を犯罪事実認定の資に供したのは固より適法且相当である。尚本件金員の授受を以て被告人大城半吾の職務行為と全く無関係な純然たる個人貸借に過ぎないものとして縷々訴える所論も俄かに首肯し難い所である。従つて右一、の論旨はすべて理由がない。

同控訴趣意二及び三の論旨について。

所論の各供述調書中被告人大城半吾の司法巡査に対する前記昭和二十七年二月十五日附第三回供述調書は、同被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるところ、右は同被告人に対する近親者の面会或は寝具食品の差入が許可されたと言う昭和二十七年二月十二日(原審第九回公判調書中証人江崎美代次の供述参照)より三日後即ち所論の様な事情は既に解消したものと認められる時期に作成されたものであることが明らかであり、尚右司法巡査の取調に際り所論の様な脅迫的言辞を用いたものとは認め難いから、右書面に記載されている供述を以て必ずしも所論の様に刑事訴訟法第三百二十二条第一項但書にいわゆる任意に為されたものでない疑があるものとは為し難く、従つて、それが特に信用すべき情況の下に為されたものであると否とに拘らず、同条第一項本文前段及び但書によりその証拠能力を有するものと言うことができる。又原審共同被告人窪山直吉の検察官に対する前記昭和二十七年二月二十二日附供述調書は、その供述者たる右窪山直吉が原審第一回及び第十四回各公判期日において右供述調書記載の供述と実質的に異つた供述をしているものと認められるところ、右公判期日における供述については曽つて業務上密接な関係を有し且将来もその同僚等から何等かの影響を蒙る惧なしとしない被告人大城半吾の面前を憚る気持が多少とも動いていたであろうと認めるのが相当であり、従つてかかる事情を伴わない検察官の面前における前記供述調書に記載されている供述の方が右公判期日における供述に比しより信用すべき特別の情況が存するものと言うべく、之亦同法第三百二十一条第一項第二号により証拠能力を有するものと言わねばならない。(尚所論の右窪山直吉の司法巡査に対する供述調書は本件関係においては原裁判所が証拠としていない所であるから、特に論及しないことにする)ただ被告人大城半吾の検察官に対する昭和二十七年二月十九日附供述調書は、その記載並びに原審第十一回公判調書中同被告人の供述記載及び同第十三回公判調書中証人光野利夫の供述記載を彼此綜合すれば、所論の通り検察事務官たる右光野利夫が同被告人の取調を為し且その供述を録取した後検察官中道武次立会の下に右録取の内容を同被告人に読み聞かせたところ事実誤りがない旨の申立があつたので供述者たる同被告人に署名拇印させた上右検察官中道武次及び検察事務官光野利夫において署名押印したものであることが明らかである。而して、右供述調書は、その実質において検察官の面前における供述を録取した書面に該当しないことは勿論、その形式上検察官の面前における供述を録取した書面として作成されたことになつているから之を検察事務官の面前における供述を録取した書面として取り扱うこと(かかる取扱を許容すれば首鼠両端を持する文書の作成が行われることになるであろう)も妥当でなく、結局両者何れの意味においても有効な書面とは認め難いので、斯様な書面は刑事訴訟法第三百二十二条第一項本文にいわゆる「被告人の供述を録取した書面」に該当せず、従つてその供述の任意性を云為するまでもなく之に同条による証拠能力を与えることはできないものと解するのが相当である。然らば、原判決が検察官から刑事訴訟法第三百二十二条により「被告人大城半吾の検察官に対する供述調書」として提出されかかる書面として証拠調を行われた右書面を卒かに「検察事務官調書」として有効なものと解し本件犯罪事実認定の証拠に供したのは、刑事訴訟法第三百二十条第一項第三百二十二条第一項等に違反した訴訟手続上の瑕疵があるものと言わねばならないが、本件の場合、右書面を除外しても、既に前記一の論旨につき説示した通り原判決挙示の其の余の各証拠を綜合して右被告人の犯罪事実を認定することができるから、上叙の訴訟手続上の法令違反は未だ判決に影響を及ぼさないものと言うべく、従つて原判決破棄の理由と為すに足りない。かくして右二、三の論旨も亦すべて理由がない。

被告人朝来野武雄の弁護人高良一男同荒木新一の控訴趣意一、二の論旨について。<省略>

以上説示する通り本件各控訴は何れもその理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り之を棄却し、尚当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項本文に従い被告人両名に均分して負担させることにする。

そこで主文の様に判決する。

(裁判長判事 高原太郎 判事 鈴木進 判事 吉田信孝)

被告人大城半吾の弁護人柴田健太郎の控訴趣意

一、原判決はその理由の事実摘示第三に於て「被告人大城半吾は前示第一の四記載の日時場所において被告人窪山直吉から同記載の趣旨を以て供与されるものなる情を知り乍ら現金三万円の交付を受け以て公務員の職務に関し賄賂を収受し」、と判示している而して右の「同記載の趣旨」とあるのは原判決の事実摘示第一の二、(一)に「自己申請に係る自動車用石油製品の割当につき将来出来得る限り多量の割当をなすよう特別便宜な取扱を依頼する趣旨を以て」とあるのを指すこと明白である、被告人が原判決の判示日時場所に於て窪山直吉から金三万円の交付を受けたことは被告人も之を認め且窪山直吉も原審公判廷に於て左様に陳述して居り之は間違のないことである。そこで右金三万円の授受は原判決判示のような趣旨でなされたものかどうかをまづ考察してみなければならない。被告人は原審公判に於ては右金三万円は借りたものであると答弁し窪山直吉も之は貸金であると答弁している、果して真相は那辺にあるかを検討してみる。

判示の昭和二十五年七月中旬頃被告人が福岡陸運事務所の燃料課長であつたこと窪山直吉が当時採石竝砂利採取業を営み貨物自動車を使用して砂利、石等を運搬して居つたことは事実である而して右の貨物自動車の使用に必要なガソリンの割当が、被告人の職務に属していたことも明白である、然しそれだからといつて直に本件金三万円の授受が原判決の判示にいうような趣旨を以てなされたものと速断することはできない。被告人は元々極めて正直真面目で仕事は堅すぎる位厳格にやつていたことは原審証人原宗規、谷善三、水谷金五郎、中村与四郎の各証言に徴し明に知り得るところであり右燃料課長に就任後も従来のガソリンの割当が過大なりとして之を減らした窪山直吉も前課長時代は毎月一台につき千八百乃至二千リツトルの配給割当を受けていたのが被告人の課長就任後は七百五十リツトルに減らされてしまつていることは同人の公判廷に於ける供述により明である、尚被告人が輸送課長に転じた後窪山直吉の弟名義で受けて居つたタクシーの免許が期間内に一定の手続をしないため再三窪山直吉の懇願があつたのにも拘らず断乎として之を失効せしめたことも亦窪山直吉の供述により明である(タクシーの免許は之を受けることは仲々容易でなく之による収入は莫大であるので非常に有利な権益であり之を失効せしめられることは非常な痛手であることはいうまでもない)之に対し窪山直吉は原審公判廷に於て被告人は予想以上に厳格で融通の利かない人であつた、被告人からは何等便宜の取扱を受けたことはないといつている。斯の如き被告人に対し窪山は金三万円位を贈ることによつて原判決がいうように「自己申請に係る自動車用石油製品の割当につき将来出来得る限り多量の割当をなすよう特別便宜の取扱」をして貰へると思う筈がない。これは原裁判所が単に前述の被告人の地位、窪山直吉の営業だけを考へて之と金三万円の授受を結びつけてかかる金銭授受の趣旨を捏造したのに過ぎない。尤も窪山直吉は警察に於て「大城課長に対して酒食の饗応や現金の贈与を致しました趣旨は燃料割当申請や割当証発券等について円滑な取扱や割当量を他の業者より多く貰受けたいために饗応や贈与をしたのであります」といい又「私が本日第五回調書のとき申上げました通り当時の燃料課長大城半吾氏に酒食の饗応や現金の贈与を致しまして毎月私が陸運事務所の大城課長のところに燃料割当申請及割当証を貰受ける都度石油を多く配給して貰う様に頼んでおりましたので毎月他の業者より石油の割当を多く貰つておりましたので私使用のトラツク燃料には需用しきれない程であつた」と述べているが之が全く事実に反する陳述であることは前述のように窪山直吉も他の業者と同様にガソリンの配給量を著しく減らされて居り決して他の業者より多量の割当を受けて居らず一月七百五十リツトルではむしろ需用に不足して居た実情に照し疑ない。窪山直吉が配給ガソリンを横流ししたとすればそれは被告人の燃料課長就任前多量の割当を受けて居た時代のことであつて被告人の課長時代のことではない、一体後にも被告人の警察、検察庁に於ける調書につき述べるように本件に於ては関係者の警察、検察庁に於ける取調に無理がありその調書は必ずしも真相を物語つていない、窪山の検察庁における調書にも同様の趣旨の陳述があるが之も警察の調書と同じく真実に反した陳述である故に弁護人は右警察、検察庁の調書の提出には同意しなかつたのであるが原審裁判所が輙く之を証拠に採用されたのは違法であり遺憾である。検事は右三万円の贈収賄の外被告人につき金五千円の収賄についても起訴している、然し原裁判所はこの五千円については詳細の理由を附し被告人竝に窪山直吉の警察、検察庁におけるこの点に関する自白は措信し難きものとして無罪の言渡をしている而して被告人竝に窪山の警察、検察庁における供述は金三万円竝に金五千円につき一連のものであり密接の関係にある勿論一の調書の中の一部が真実の供述であり一部が虚偽の供述であることもあり得る、然し少くとも調書の一部につき虚偽の供述があるとすれば他の部分もその真実性を疑うに足る理由があり之に強力な証拠力を認め得べきものでないことは多言を要しないところと思う而して原判決がいうような金銭授受の趣旨については右被告人竝に窪山直吉の警察、検察庁における供述を措いて他に之を認むべき何等の証拠も存しない。之が弁護人が右金銭授受の趣旨に関する原判決の判示が捏造であると言う所以である。然らば右金三万円の授受は如何なる事情から如何なる趣旨でなされたのであろうか、その少し以前被告人の妻は難病に悩みその治療に多大の費用を要したのであつた、その費用の捻出に苦慮していた被告人はその融通方を窪山直吉に依頼したのであつた。被告人と窪山とは被告人の熊本在任中からの知人であり互にその家庭を往訪しあうような交際であつた、被告人は窪山に対しては官吏対業者の関係に於ては極めて厳格な態度を持していたが、個人的な私の交際に於ては被告人は窪山を以て評判よき実業家として信頼し窪山は被告人を以て正直にして公平な官吏として尊敬し相互に親密感を持つていた、斯のような友人関係にあつたので被告人として窪山に金融方を依頼したことは敢へて怪しむに足らない。被告人は近く円満退職の意向を有していたので退職金を受領したときには直に之を返済し得るものと考へ永く窪山に迷惑を掛けることもないと思い気安く窪山に一時の融通を頼んだものであり当時収入多く財政的に豊であつた窪山直吉は快く之を容れて金三万円の融通をしたのであるが両名間の友情が前述のようであり被告人も間もなく返すことができる目当があつたので借用証書も差入れず利息弁済期等も確約しなかつた、その借入の申込も被告人は陸運事務所の廊下で簡単になしたのであり窪山も食事を共にした序に気軽に之を渡したのである。窪山は前述のように当時金銭的に恵まれた状態にあつたので金三万円位の金員については多く意に介しなかつたのでかくの如き手軽な貸借が行はれたので相互の信頼尊敬が証書も詳細の約定もなく単なる金銭の授受のみで終始したものである。かかる貸借は親密な友人間では往々にして行はれるものであり決して異常な例ではない、現に起訴後ではあるが被告人は多少の退職金の給与を受けたので之を以て窪山に返済を了しその領収証を得て証拠に提出している。被告人等にして事態斯の如き刑事訴追に迄立至ることを予想したならば厳格に条件を定め明確な証拠を作成したであらうがかかることを予想せず事を極めて安易に取運び一応の嫌疑を蒙るの已なきに至つたことは誠に遺憾であるが弁護人としては以上を以て当時の事情に照し真相に合するものと信ずる。

抑も賄賂罪なるものは公務員の義務の不可侵性又は純粋性若くは公務員の職務行為の不可買収性を保護するものであるが前述のように被告人は官吏としてその職務の執行に当つては極めて厳正公平自己の是と信ずるところは何者も憚らず之を実行する勇気と信念の持主であり証人水谷金五郎の証言にあるように正直な性格に加うるに多年謹直励精の官吏として鍛練培養した官吏道の体得者たる被告人がたやすくその職務行為の純粋性を侵されたり又窪山の如き者から買収されたりする虞は毫もないものと云はねばならない、加之刑法第一九七条第一項に示すように収賄罪が成立するためには公務員がその職務に関し賄賂を収受した場合でなければならない而して職務に関し収受するとは公務員がその職務行為乃至は職務関係行為に対する報酬または対価たる性質を有する利益を不法に受領することでありその両者が給付と反対給付の関係に立つ場合をいうものと解するを正当と信ずる。前述のように窪山は被告人に対しその職務行為につき報酬を与へるような恩恵を与へられて居らず之を買収するような意図も有していなかつた本件金三万円の授受は前述のような事情から被告人が友人関係に基づき窪山に一時の金融を頼み窪山も友好的意思の下にその依頼に応じたものとすれば縦い一時の金融も一種の利益として収賄の目的となるとしても右の貸借は被告人の職務行為と何等対価乃至報酬たる意義を有するものでない以上之は全然収賄罪を構成しないものと断ずるの外なく原判決が金三万円の授受を判示のような趣旨の下になされたものと認定し之を以て収賄罪に問擬し有罪の判決を下したのは事実の認定を誤り法律を不当に適用したものとして到底破棄を免れないものと信ずる。

二、原判決は本件被告人に犯罪行為ありとして之を認定するにつき一、被告人窪山直吉の検察官に対する昭和二十七年二月二十二日附供述調書、一、同被告人の司法巡査に対する同月十三日附第五回供述調書、一、被告人大城半吾の検察官に対する同月十九日附供述調書(但し検察事務官調書としての効力を認め同被告人関係にのみ援用)一、同被告人の司法巡査に対する同月十五日附第三回供述調書を証拠として採用している。右各調書はいづれも刑事訴訟法第三二二条第一項にいう被告人の供述を録取した書面で被告人の署名押印のあるものである。而して右調書を証拠とするにはその供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるか又は特に信用すべき情況の下になされたものであるべく不利益な事実の承認を内容とするものは任意になされたものでない疑があると認めるときは証拠とすることができないものである。右各調書は特に信用すべき情況の下になされたものでもなく又任意になされたものでない疑があるものとして弁護人は原審に於て之を証拠とすることに同意しなかつた。その理由は左の通りである。

被告人は昭和二十七年二月五日警察に留置され次で勾留状が出されて自由を拘束されたが被告人に対しては同月十二日迄近親者の面会を許さず寝具食事の差入も許さなかつた。被告人の如き高級の官吏の職に在るものは家庭を離れて警察の留置場に収容されその自由を束縛されただけでも精神上肉体上多大の苦痛を感ずるのが通例である、況んや旬日に亘り厳冬の候寝具の差入も許されず寒さにふるえ夜も眠を得ず食事の差入もなくて食事も咽喉に通らず、家庭にある病身の妻学校卒業を目近に控へ就職に焦慮する長男を思うて千々に思を砕く被告人に対し相被告人窪山直吉を隣室に置き窪山はこういつたぞその通りに違いあるまい、その通りいわぬといつまでも出さぬぞと脅しすかしされればかかることに経験なき被告人としてはその意に反して真実にあらざる陳述をなし取調官に迎合する気持になることも当然である、かかる状況の下に密室に於て反対訊問の機会もなくなされた供述は断じて特に信用すべき情況の下になされたものということはできず又任意になされたものでない疑が十分にあると思はれる、況んや前述のように原裁判所が既にその一部は措信することができないものとしている以上その全体についても虚偽性を帯びて居るものというべく従つてそれは特別の事情(虚偽の事実を陳述すべき)なき場合に於ては仮令拷問を受けたとまではいはなくとも少くとも有形無形の外部の圧力によつて任意でない供述をなしたものと謂い得るし又あまり信用のできない情況の下に供述したものともいいうると思う。

実は被告人が最初逮捕されたのは本件の起訴事実についてではない所謂三八事件につき被告人が偶陸運事務所輸送課長の職に在つた為事に座して逮捕されたのであるが之については被告人は何等関係なきことが判明したが一旦逮捕した以上何とか物にしたいという警察心理が動いていろいろの探索の結果偶窪山から被告人に三万円を渡したことが判明し之を収賄なりとして捜査の歩を進めたのである、従つて被告人は捜査一課から二課に移されて取調を受けて居る。斯の如き警察の功を求めるに急な心理が反映して捜査に無理を生じ前述のような任意性を欠く虚偽の供述調書が成立したのである。検察庁の調書は取調に当つた光野事務官がまづ自分は多年警察の経済主任をしていたからガソリンにつき赤切符青切符が如何に取扱はれどのように流れているかをよく知つて居りその機構も熟知しているから偽をいつても駄目だと睨をきかせそれから警察の調書を基礎に威嚇と誘導によつて取調を進めている、このことは同事務官が原公判廷に証人として出廷した時まず検事の訊問については之を否定したが弁護人の反対訊問に於てその片鱗を現はし自分は多年経済主任をしていたが昔はこうであつたが今はどうなつているか尋ねたのだと供述した而も同調書は同事務官が終始取調をし検事中道武次は単に之に署名捺印したのに過ぎない(原判決も前述のようにこの調書には検事中道武次が署名捺印しているのに拘らず之を事務官の調書として証拠にしている)。斯の如く検察庁の調書も無理があり之を特に信用すべき情況に於てなされたものとは看難く又任意になされたことを疑うに足るものと看ることが十分であると信ずる。斯の如き調書を被告人弁護人の同意なきに拘わらず証拠として採用し之を以て被告人有罪の事実を認定したのは明に刑事訴訟法第三二二条に違背し該判決は破棄を免れないものと信ずる。

三、前述のように被告人の検察庁に於ける供述調書は検事中道武次の面前における供述を録取した調書即ち検事調書となつて居りその冒頭の本職とは検事中道武次を指すものであること明瞭である、然るに実際に於ては検事中道武次はこの取調に関与せず事務官光野利夫が終始その取調に当つたことは同事務官が原審公判廷に於て明白に証言している、かかる調書は所謂検事調書としては無効のものといはなければならない。かかる無効の調書を有効な事務官の調書として証拠に採用することができるか、かかる無効調書を有効調書に裁判所が転換するためには法律上の根拠がなければならない。然しかかる転換を許した規定は我刑事訴訟法上存在しない(刑事訴訟法第三二一条は明に検事の面前に於ける供述を録取した調書とそれ以外の調書を区別している)。従つてかかる調書は無効であつて之を証拠として採用して有罪事実を認定した原判決は破棄を免れない。

<立証事項省略>

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